――序章――
この村には、伝説がある。
何時の頃から伝えられているのか定かではないが、とても悲しい恋の物語だ。そして、それが本当にあったことさえ、忘れ去られそうになっているほど、御伽話じみていることも、何も関係がない。
村を囲む山々の神が祀られている祠のある丘の上に、広い池がある。
例えば、その池に「龍神」が住んでいるなどということが、まことしやかに伝えられていようとも。
村人達の間で、いまだに語り継がれているのは、ひとの心を捕えて離さないものが、確かにあるからだ。
この物語は、こんな意味合いの歌で始まる。
鯉は池で泳ぐ。
鯉は川で泳ぐ。
里で泳ぐ鯉は、海を知らない。知ろうとしない。
鯉は飽くまでも「里の魚」であって、「海の魚」ではないからだ。
だから今もなお――。
鯉は池を泳ぐ。
鯉は川を泳ぐ。
2000.08.07 up