すき




 ――忘れよう……――


 雨の中を走って、自分の部屋へ戻る。
 ドアを閉め鍵をかけて、一番最初に飛び込んだのは、バスルーム。
 冷たい雨に、凍えてしまった身体を暖めるためだけではなくて。
 とまらない涙を、水に流してしまいたかったから。

 シャワーの温度を上げて、バスタブにうずくまる。
 ここまで、どうやって帰ってきたのか、わからなかった。
 忘れたい……。
 忘れたいのに、涙の雨はとまらない。

 暖かい雨の雫を浴びながら、よみがえる過去が私を哀しくさせる。
 そう――。
 こんなに愛していることを、今、気付いた。
 もう、遅いのに……。

 ――どうして、こんなに胸が痛いくらいに、好きなのだろう……?

 抱えた膝に、落ちる雫は、シャワーのものだけではなくて。
 とめられない想いと涙は、いつまでもあふれつづける。
 “サヨナラ”と言ったのは、私から。
 だって、アイツの傍にいると、私は駄目になる。
 “愛している”と、その気持ちだけしか見えなくなる。

 “どうして……?”と、アイツは問いかけた。
 “俺の気持ちは、まだ、お前の所に在る”と、言った。
 私だって、そうだ。
 想いの深さなら、負けない。
 だから尚更、胸が痛い。

 ――心の空白を埋めるのは、世界でたったひとりしかいないのに……。

 “好き”という気持ちが、ただ一つの方向にむかっていく。
 自分でそれをとめられないもどかしさを、噛み締めていた。
 唇にそっと指を当てる。
 別れ際に、私からキスをした。
 最後に触れた唇は、やはり冷たくて――。
 すぐに離れるはずだったのに、気付けば深いものになっていた。
 どうしてあんなにも永く重ねてしまったのか。
 あの力強い両腕が、強く抱き締めたその跡が、うっすらと赤く皮膚を色付ける。
 そして、その感触が、消えない。
 こんなにも私にその存在を刻み込むくらいなら、何故、あのまま抱き締めて壊してくれなかったのだろう。
 それとも、口付けたまま、吐息まで永遠に奪ってくれなかったのだろうか……。

 ――もう既に、君に壊れているのに……。

 どうして、こんなにも好きなんだろう。
 熱いシャワーが身体を暖めても、心は冷えきったままだった。
 世界一冷たくて、熱いアイツ。
 愛しくて、愛しくて……。ただ、それだけで、私の世界は埋め尽くされてしまう。
 だから、サヨナラを告げたのに。

 ――誰よりも、君に恋している。

 きっと、私の世界は、あの時に終わってしまった。
 それなのに、未来はまだ続いてゆく。
 どうして、あのまま私の時は凍ってしまわなかったのだろう……。

 ――すき――

 マルボロの匂いのする、苦いキスも。
 その冷たい身体も。
 心も、何もかもが……。

 ――忘れられない……――

 凍り付いたのは、私の心。
 愛しいと想う、その気持ち。
 それなら、この想いを抱いたまま、生きてゆこう。
 離れても、逢えなくても……。
 アイツが誰か他の人と未来を歩んでも構わない。
 私の隣に誰が肩を並べても、きっとこの心だけは永遠にアイツのものなのだから。


 ――その想いだけが、力になる……――



“すき” song by DREAMS COME TRUE
Dedicated to "TOMO".Thanx for give this idea to me.
2000.10.29


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