ヒトリノ夜




 ――声が聞きたい……――



 真夜中のFMから、切ないLOVE SONGが流れてくる。
 僕は窓辺で、煙草に火をつける。
 何処が好きになったのだろう……?
 考えれば考えるほどに、分からなくなってゆく。

 世界は、きっと永遠に回り続ける。僕が……、君がいなくなっても。
 だから、ふたり夜の底に沈んだとしても、誰も気にはしないだろう。
 テーブルの上には、昨日君が残していったハーパー12年が、グラスとともにひっそりと佇んでいる。
 “愛してる”
 何度も、何度も独り言のように呟くその言葉。
 その一言が繰り返される毎に、まるで呪文のように僕の心を絡み取ってゆく。
 呪縛してゆく……。

 吐き出したマルボロの煙が、夜に向かって開け放たれた窓から、星空に吸い込まれるように消えてゆく。
 もう一度深く煙を吸い込むと、喉に少し染みるような気がした。
 「キツイ……な……」
 何年も同じ煙草を吸っているはずなのに、何故だか、今日は随分と強く感じる。
 “煙草……、やめろよ”
 いつだったか、君が言った。
 “キスが苦い”
 あの時、確かに君は笑ったのだと思う。
 でも、その表情は何故か泣いているようで……、胸が締め付けられた。
 誰よりも愛しい君。
 そして、抱き締めて、キスをして。
 その唇からは、甘いブランデーの薫りがした。
 “お前もアルコールをやめるんだな。そうしたら考えてやってもいい”
 強がりは、手放さない。
 揺れる瞳が、はっきりと今、思い出せる。
 心だけは、傍にいよう。
 どんなに遠く離れても、誰よりも寄り添っていよう。
 誰よりも強く、抱き締めていよう。

 “バーボンは、古ければ古いほどまろやかな味になる。けれど、それに従って、その酒の特徴が薄れていくんだ”
 いつだったか、君は、ワイルド・ターキーを飲みながら、言った。
 “ターキーとハーパーだと、ターキーの方が癖が強いけれど、30年ものくらいになると、殆どその差は分からなくなる。古ければそれに応じて上質になって、値段も跳ね上がるけれど、その特徴を楽しむのには、12年くらいのが一番良い”
 人との関係も、そうなのだろうか……?
 こんなにも強く想っていても、いつか、その想いは薄れていくのだろうか……?
 長い年月を経た、バーボン・ウィスキーの様に――。

 ――独りだ……――

 切ない想いを、抱き締めている。
 たったひとりで、夜に沈んで。
 逢いたくて、切なくて……。溜め息が零れるほどに――。
 けれど、今のこの想いだけは“真実”。

 ――声が聞きたい――

 ただ、ひとつだけの願い。
 望んだことは、ひとつだけ。
 僕は煙草を消すと、窓辺から離れて、受話器を取った。

 ――君の声が、欲しい……――

 コール5回目で、ラインが繋がる。
 『……何だ、お前か……』
 受話器の向こうで、そっと背伸びをする君。
 その仕種が目に浮かぶようで……。
 「眠っていたのか……?」
 僕は問いかけた。
 『まぁな。昨日は睡眠不足だったから』
 午前2時を過ぎているから、特に不思議なことはない。それに、昨夜は一緒にいたのだから、睡眠不足なのはお互い様だ。
 「それは悪かったな……」
 僕は苦笑した。
 でも、それに対して、君は特に何も言わなかった。
 『……夢を見てた』
 君が、ぽつりと言った。
 浅い眠りの中、見る夢。
 『お前の夢だ』
 ――鼓動が、速くなる……。
 『お前がまた、何処かへ行ってしまう、そんな夢だった……。だから、電話が鳴って――、お前の声が聞こえた時、嬉しかった……』
 何度も、何度も繰り返し見た夢。それは夢であり、また、現実でもあった。
 『本当に……、そこにいるんだよな……』
 君の声が、少しだけ震えている。
 逢いたくて……、切なくて。唇が震えるほど……。
 沈黙が、流れている。そして、その瞬間、戸惑いがちに胸騒ぎが忍び込んでくる。
 「お前の声が……、聞きたかったんだ……」
 夜という空間が、素直に言葉を紡がせる。
 「ただ、聞きたかった。それだけなんだ……」
 けれど、声を聞けば、欲が出てくる。傍にいて、触れたくなる。
 『……私は、逢いたいよ……』
 小さな囁き。
 『逢いたいよ、お前に……』
 声だけではなくて、本当にいるのだという、確信が欲しい。
 きっと、その頬には涙が流れているのだろう。
 切なさに、心が壊れそうになる――。
 「……逢いに来いよ」
 逢いたいのは、自分の方なのに。
 「ちゃんと、ここにいるから……」
 本当に君が逢いたいと思ってくれているのか、不安になる。
 『――すぐに行く』
 ラインが、その言葉と同時に切れた。
 たぶん、その言葉通りに、君は逢いにくるのだろう。――この部屋へ。
 「……ここに、来いよ……」

 ――君の存在が、欲しい……――

 この両腕に、この心の中に。
 君の強い想いだけは、貫かれるようにと願っている。
 その存在が、薄れてしまわないように、強く焼き付けてくれ……。


 ――そう。
 せめて今だけは、不確かな未来のコトは考えたくはない……

“ヒトリノ夜” song by Porno Graffitti
Dedicated to “Gingetsu”.Thanx a million!!
2000.11.20 up


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