祈り





 ――願いが、叶う瞬間。人は何を思うのだろうか……?――



 想いなど、永遠に届かないと思っていた。
 君の、傍にいる奇跡に。
 たったひとつだけの願いを、何処にもいないはずの神に祈ってしまう自分自身に、苦笑する。
 そして、今――。
 ただ、感謝している。
 君に出逢えた偶然に。そして――、君と愛しあう奇跡に。

 ――好きという気持ちは、泉のように溢れ出して……。

 ずっと、こんなに激しく人を想うことが自分にあるなど、考えもしなかった。
 カラン……と、グラスの中の氷が、音を立てる。
 ――君が……、微笑(わら)った。
 「何を考えているんだ?」
 君の飲んでいる、ほのかに柑橘系の薫りのするスコッチは、ひどく女性的な印象を与えるが、それを裏切るような強い酒だった。
 その淡い琥珀色をした液体を、氷を入れたグラスに注ぎ、ゆっくりとその甘さを味わうように飲む。
 「――お前のコトだよ」
 素直に、言葉に出来る。
 僕の言葉を聞いた瞬間、君の顔が朱に染まった。
 「寝言は寝て言えっ、この酔っぱらい!!」
 視線を僕から逸らし、君は言う。
 「お前ほど、飲んでいない。どちらかと言うと、煙草の方が好きだからな」
 言いながら、新しいボックスに手を伸ばす。
 こんなにも好きだ。
 「――確かにそうかも……」
 既に半分以上空いたボトルを眺めながら、君は呟いた。
 「じゃあ、酔っ払いは私の方だった……、という訳か」
 苦笑する君が、こんなにも愛しい。
 息が出来ないほどに、切なくて堪らない夜を幾つも越えて。
 ようやく傍らに寄り添うことが出来た君に、こんなにも胸がいっぱいになる。
 希望と、その反対にある絶望の狭間で、ただひたすらに祈り続けた、ただ一つの「願い」。

 ――凍り付くような、そんな孤独の刻(とき)を耐えて、手にしたものは……。

 光が……、とても眩しくて目を細める。
 君は、その光の輪の中にいて、僕に微笑みかける。
 孤独な時間も、今にして思えば悪くはなかった。
 その時間が、こんなふうに君への想いを育てたのだから。
 誰にも負けないほどの想いを。
 そして、手に入れた。僕だけの“光”を。

 コトリと、君はスコッチの入ったグラスをテーブルの上に置くと、立ち上がる。
 そうして、ゆっくりと、僕に近付いてくる。
 「何ていう表情(かお)してるんだ?」
 君の温かな手が、僕の頬に触れた。
 それだけで、鼓動が、速くなる。
 「此処にいるのに……、どうしてそんなに遠くから見つめるような目をするんだ?」
 その指先が、僕の頬から首筋を通り、背中に回される。それと同時に、君は僕の肩に顔を埋めた。
 「――マルボロの匂いがする……」
 囁くように、君が言った。
 触れあう場所から伝わる体温が、君を現実だと繋ぎ止める。
 ――愛してる。
 狂おしいほどに。
 「お前の……、匂いだな……」
 確かに、此処に在るという、真実。
 僕は手を上げて、君の髪に触れる。
 泣きたくなるくらいに、切ない気持ちが、胸を締め付ける。
 さらりとした感触に、指を絡めてみる。
 愛しくて、ただ、愛しくて。
 このまま、鼓動が止まってしまえばいいのにと思う。

 君が、身じろいで視線を僕の瞳に合わせる。
 その強い双眸が、瞼に隠されてゆく。
 僕は、君の髪を撫でていた指先を、頬へと滑らせていった。

 ――こんなにも、愛している。

 息をすることすら、もどかしくて。
 ただ、互いの唇を重ね合わせ、吐息を奪って。
 けれど、何度繰り替えしても、何度体温を分かち合っても、胸につもるのは孤独と不安。
 「愛……して……る……」
 愛している。
 愛している。
 愛している。
 何度も繰り替えし伝える「言葉」。
 触れあう唇からこぼれる吐息は、グレンリヴェットの薫りがして。
 切なくて、恋しくて。
 この腕の中にいるのに、心は何処にあるの?
 それが、判らない……。

 ――違う。判るのが、恐いんだ……。

 いつも、泣きたくなるくらいの想いを抱えている。
 僕の心は、いつだって君に壊れている。
 本当に、君の想いと僕の想いは、同じ処にあるのか。
 戸惑いばかりが増えてゆく――。
 現在(いま)が幸せだから、その向こうにある訣別の時を見つめてしまう。
 此処は“時の終わり”ではなくて、だから、続いてゆく未来が不安なのだ。
 「此処に……いるのに……」
 この腕の中に。
 君が……涙を流すのは、いつだって僕の所為だった。
 「お前は、いったい誰を見ているんだ……?」
 想いを重ねて。
 ただ、“愛している”と伝えて。
 君がいなければ、この世界は終わってしまうのだから……。

 「泣くなよ……」
 僕は涙を唇で拭い取りながら言う。
 「……誰の所為だよ……」
 君が、不機嫌な声で応える。
 「いつだって、俺はお前のコトしか見えないんだよ……」
 その言葉は“真実”。
 なのに、きっと君には届かない。

 ――いつも、いつも……。
 ただ、君と在る未来を祈っている……

 「嘘吐き……」
 君が、目を逸らす。
 ほんの少しだけ、目許を紅く染めて……。
 「でも……、今だけは信じてやる……」
 君が、笑った。
 誰よりも愛しい君が。
 それだけで、この胸は潰れそうになるほどな想いで、いっぱいになる。



 ――世界が、こんなにも素晴らしい場所なのは、君が傍らに在るからだと、知っている――



“祈り” song by CURIO
2001.01.25


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