唇が、指先に、触れた。
ただ、それだけのコトなのに、どうして、こんなにも、心が震えるのだろう。
「……相変わらず、お前の唇は冷たいな」
私は、心を覚られないために、指先に口付けるアイツに、そんなコトを呟いてみた。
「冷たいか?」
目線を上げて、アイツは、そう訊き返した。
「ああ、冷たい」
私は、応えた。……でも、本当のコトだから、しょうがない。
アイツのキスは、冷たい。けれど、それはアイツの所為じゃない。
その唇が、指先が、その存在のすべてが、冷たいのだ。
「――随分と温かみを感じるようになったと思ったんだがな、自分としては」
アイツはそう言って、苦笑いをする。その瞳が、急激に、陰を帯びる。
(……違う)
そんな目をさせるつもりはなかったんだ。私は。
だって、知っているから。
その唇が触れたところは、こんなにも熱くなる。
それは、アイツの心まで凍り付いていないのだという、確かな証しなのだから。
私は、目を伏せた。そして、先刻アイツの唇が触れた指先を、自分の口元へ寄せた。――ほら、こんなにも、熱い。アイツの心のように、熱を帯びているその指先。その心の温度だけを計れたとするのなら、きっと、私なんかは足許にも及ばない。その冷たい存在のすべてを差し引いても、余りあるその温度。触れる体温の冷たさに、惑わされてはいけないことを、私は知っている。私だけは、知っている。
もし、愛情の深さを推し量るものが、触れ合うその体温しかないのだとすれば、アイツはなんて可哀想なのだろう。その冷たさの所為で、きっと、ずっと、その薄い皮膚一枚に隔てられた本来の温度に、誰も気付かないのだから。
けれど、私は知っている。
その、冷たさの後ろに隠された、熱を。
なのに、私は気付かない振りをしてしまう。
冷たいと、言葉にしてしまう。
天の邪鬼な自分に腹が立つ。そんな私に笑いかける、アイツの存在に涙が出そうになる……。
私は、思い切って目を上げた。私を見つめていた、アイツの視線とぶつかる。
心が震えるのは、何故だろう?
ずっと、この視線からだけは、誰もが熱を感じるのを、私は失念していた。ゆっくりと手を上げて、アイツの頬に触れた。そうして、目を閉じると、自分から唇を重ねた。
「……お前は温かいな」
唇が離れると、笑いながらアイツは言った。
「そうか?」
私は訊き返した。
そんな私を、アイツは抱き寄せた。
「ああ、温かいと思う」
アイツの言葉に、私はようやく心から微笑んだ。
「なら、ちょうどいいな。冷たいお前には、きっと」
本当は自分が温かいなんて、欠片も思っていないのに。
アイツがそう感じてくれているのなら、嬉しいと思ってしまう。
指先が感じる、アイツの冷たさが、この上もなく、愛おしい。
触れている部分から、私の熱が伝わっているのだろうか。
そして、この熱は、アイツの触れる場所から上がることを、知っているのだろうか。互いの鼓動を感じて、その心地よさに、目を閉じる。
そして、いつまでも繰り返す。
「愛している」という、声にならない言葉とともに――。冷たいキス。
“冷たいキス”song by ICE BOX
2000.07.25 up