「いつも、独りでいるのね」 そう影で言われていも、彼はその孤高を保ち続けていた。 白い肌に、色素の薄い髪と瞳。 その線の細さに違わず、彼は病弱だった。 「仕方ないわよ、あれだけ欠席が多けりゃね」 何事もなく進級出来たのは、偏に成績が優秀だったからで。 それだけが、彼の存在の証明であるかのようだった。 円城寺翔(えんじょうじ かける)、十六歳。 ひとつの大きな秘密を抱えて、彼は生きていた。 「翔」 授業が終わると、幼馴染みの峻(しゅん)が教室まで迎えに来た。 彼は、彼の秘密を知る数少ない人間であり、また、忠実な騎士でもあった。 「帰ろうぜ」 口数の少ない翔が、峻にだけは微笑む。 その微かに一瞬だけ見せる微笑みに、一様に皆、息を飲む。 どよめきが起こる以上の衝撃を、見るものに与えるほどの美貌を持ちながら、彼はそれに頓着していない。 当たり前のように翔の鞄を持つ峻に、女子生徒からの溜め息がもれる。 「いつ見ても、何か絵になるのよねぇ、あの2人って」 溜め息まじりに言う。 「そう思わない、早百合(さゆり)?」 急に水を向けられて、瑞江(みずえ)早百合は吃驚した。 「唯一、女子生徒の中で円城寺君と面識のある早百合には、嫉妬の対象かもよ、二階堂君って」 「面識があるって言ったって、体育見学仲間だってコトだけじゃないの。そんなに話をした記憶はないし」 そんなことを言いふらされては、たまったものではない。早百合は慌てて反論をする。 「でも、それだけでも私達にしてみれば、充分すぎるくらい羨ましいわ。……何て言うか、彼って近寄り難い雰囲気あるもんね。あんなに綺麗だし、頭良いし」 「隣にはいつも二階堂峻っていう、端正な騎士を従えた貴族〜ってカンジよね」 「ホントホント」 「ミス桜ノ丘高校でなきゃ、彼の隣には立つ勇気出ないわよね〜」 黄色い声が上がる。 それをしり目に、早百合は立ち上がった。 「早百合、何処行くの?」 ふわりと彼女は儚げに笑った。 「職員室。明日、病院の日だから、欠席届けを出しに行くの」 「峻」 ゆっくりと翔に合わせるように階段を降りる峻に、翔は柔らかなテノールで言った。 「鞄くらい、自分で持てるよ」 立ち止まり、峻は眉を顰めながら、翔を見下ろした。 「そんな真っ青な顔して、何言ってるんだよ。……貧血なんだろ?」 誰よりも一番に翔のコトを考えている。けれど、それは「家族の愛」に似ていて。 「そんなこと言ったって、……病気じゃないんだし」 女の子たちは、毎月同じように苦しいんだし……という言葉は、掠れるほど小さかった。 「世の女共のほうが、よっぽど頑丈に出来てるんだよ。とにかく、今日は大人しく俺のいうことを聞いておけ。……でないと、担いで帰るぞ」 峻は、じろりと翔を睨んだ。 「――諒解」 大きく息を吐く。 過保護ともいえる峻の態度に、翔はいつも助けられていた。だから、時にそれが重荷に感じられるのだとしても、彼に言えるはずもなく。 「まぶしい……」 校舎を出ると、初夏の陽射しはまだ強く射していて。 グラウンドには、幾つかの運動部が活動をしている。 そのうちのひとつで、翔の視線が止まった。 「へぇ……、珍しいな、バスケ部がグラウンドのコートを使ってるとはね」 訝しげにその視線を追った峻が、合点がいったように呟く。 「まあ、南家(なんけ)が主将になった時点で、もめるとは思っていたけど……」 背の高い男が、適確に指示を出している。その動きには、まるで無駄がない。 「ああ、南家君がキャプテンなんだ、バスケ部」 憧れの混じった眼差しで、彼を見つめる。 (あんなふうに、走りたい) 走ってみたい。 けれど、それは叶わない願いで――。 「彼、一緒のクラスなんだ。まだ、喋ったコトないけれど」 翔が憧れるだけの条件を、南家彩斗(あやと)は総べて持っていた。 自分にはないもの。そして、決して手に入らないものを……。 「峻は今年も何もやらないの? まだ勧誘に来るんだろう?」 合気道部の助っ人で、去年県大会で3位になった峻。 その才能を、周りが放っておくはずがない。 「いいんだよ。自分が強くなるためにやっていることだから。部活なんか、関係ないね」 ――そう、どんなことがあっても、この手を離れるまでは守っていくと決めたことだから。 峻は足を止めてしまった翔の手を引っ張って、歩き出した。 「おい、僕は子供じゃないから、ちゃんと歩くよ」 慌てて手を振りほどいて、翔は言う。 「……具合悪そうだし、真面目に担いで行ってやろうか?」 意地悪く峻はそう返す。やっとグラウンドを走るひとりの姿から、自分に目が向けられたことに、満足しながら。 「そういう言動をするから、お前は“下僕”だの“忠実な騎士”だの影で言われるんだよ」 「影で、じゃなくて、面と向かっても言われるぜ。別に本当のコトだしな」 にやりと、笑ってみせる。 翔は、今日何度目かの溜め息を吐いた。 そして、黙って歩き出す。 目の端に、ひとりの姿をとらえたままで――。 続く 2001.04.24 up |