――逢いに、ゆく……――
真夜中にタクシーをつかまえて、アイツのところへと急ぐ。
ずっと、この手に届かなかった、その人のところへ。
いや、違う。
決して届かなかったわけではない。けれど、どんなに躯を重ねても、擦れ違い続けていた心が、やっと捕まったのだ。
――この世界の、夜が、深くなる……。
……夢を、見ていた。
とても悲しい夢だった。
何度も何度も、繰り返し見続けていた、嘆きの夢だ。
そう、誰よりも愛しい人なのに、それを否定し続けていた頃の、悲しい別れ。
傍らに在るというだけで、充分だと、思い込もうとしていた……。
――このままでは、遠くなるばかりで……。
手を伸ばして。
そして、そこに触れる、確かな温もりを、感じたい。
――伝えたい。
“サヨナラ”とは、あの時は言わなかった。
何故なら、ふたりが互いの傍にいること自体が、間違いだと知っていたから。
“好き”という言葉すら、唇に乗せることは出来なかった。
ただ、その想いを深く、心の奥底に閉じ込めて。
抱き合う度に、心は血を流していた。
――お前が好きだ……――
涙が、頬を流れる。その感触で、目が覚めた。
やっと通じた想いなのに、どうしてこんな夢を見たのだろう……?
不安が、波のように押し寄せてきて、身体を抱き締める。
そんな時だった。
アイツからの電話。――確かにこのラインの向こうに存在するのだという、現実感。
逢いたいという、気持ち……。
――真実は、たったひとつしかないのだから……。
ただ、この手にその存在を感じたくて、その人の元へと急ぐ。
傍らに在るだけで、私は充たされるのだから。
“眠っていたのか?”
――アイツはそう言った。
でも、きっとアイツは知らない。この電話でどれだけ私が救われたのかということを。
傍にいさせて。
他には、何も望まないから。
――そう、他には何もいらない。
「……夢を見てた」
沈黙が流れる。それを打ち砕くように、私は言った。
「お前の夢だ」
そう、夜という空間が、そして、声だけのつながりが、私を素直にさせる。
「お前がまた、何処かへ行ってしまう、そんな夢だった……。だから、電話が鳴って――、お前の声が聞こえた時、嬉しかった……」
そう、この夜の孤独から救い出してくれたことに。
「本当に……、そこにいるんだよな……」
頬に、再び涙の雫が落ちる。
互いの姿が見えないことを、こんなに感謝したことはない。
泣いているのを悟られないように、声が震えるのを抑えていた。
『お前の声が……、聞きたかったんだ……』
夜という空間に遮られても尚、届くのは何だろう。
『ただ、聞きたかった。それだけなんだ……』
触れることさえ出来ないけれど、確かに想いはここにある。
「……私は、逢いたいよ……」
小さな呟き。
「逢いたいよ、お前に……」
風が……、開け放たれた窓から流れ込んでくる。この空は、アイツのところまで繋がっているのだから、こうしていれば、少しだけ近くにいるような気がした。
『……逢いに来いよ』
逢いたいと思う気持ちが、確かに在るのなら。
『ちゃんと、ここにいるから……』
とまらない涙を、きっと気付かれたんだと思う。アイツはそんなに鈍いわけじゃない。
“逢いに来いよ”
ここにいるから――。
呪文のように、その言葉ひとつで心の鍵が、開かれる。
何処かでまだ強がっていた気持ちが、解放される。
「……すぐに行く」
短く言うと、私はラインを切った。
そして、慌ただしく身支度を整えると、部屋を飛び出した。
――アイツのところへ、向かうために……。
――流れ出す
ヒカリの街
あなたが好き
あなたが好き
急げ
午前2時のエンジェル
星の数
それ以上
あなたが好き
あなたが好き
月よ導いてね
ハイウェイ――
――今、こうして溢れ出してくる想いが、たったひとつだけの“真実”――
“午前2時のエンジェル”song by かの香織
2000.12.16 up