7月7日




 ――気が付けば、いつも見ていた……。


 逢えないと、思っていた。
 ずっと、これから先、永遠に……。
 何故、こんなにも君を想う?
 心が、揺れる。
 こんなにも、揺れる心を、自分で持っていたのに、気付かなかった。
 世界中でたったひとりの君と、遠く離れてから……。

 涼しげな風が、吹いている。
 けれども、その心地良さを感じられるほど、僕の心に余裕はなかった。
 いや、余裕はあるのだろう。ただ、何も感じられなかっただけだ。ぽっかりと空いた大きな空洞が、その空虚さが、僕の心を蝕んでいる。
 「――7月7日、か……」
 君と別れたのは、いつのことだったのだろう。
 離れても、逢いたくて。
 一年に一度だけ出逢う、恋人達の夜。
 その伝説を思いながら、僕は苦笑した。
 “星合の日”。
 「今日は、星が綺麗だ……」
 君に、出逢う日。
 それを待ち望んで、僕の心は揺れている。――恋なら、幾つもした。君と出逢う前も、君と別れてからも。けれど、何故、君だけが心にいつもいる? どんな恋をしても、何故、君が離れない?
 逢えなくなれば、なるほどに――。

 雑踏を歩く。
 君とふたりだった時、はぐれないように、君が僕の袖を掴んでいた。――誰にも気付かれないように、そっと。
 褒められた恋じゃない。秘めている恋だったわけではないけれど、僕らが互いの傍にいるのには、努力が必要だった。誰にも、邪魔されたくなかった。互いが想いあっていること自体が、不思議だった。……互いの傍にいるのが、奇跡のような恋だった。
 天の邪鬼な君と、冷たい僕の、儚い恋。
 だからこそ、こんなにも離れない。
 太陽のように笑う君がまぶしくて、その熱に焦がれていた。
 氷のように冷たい僕に、君は本当の姿を見せてくれた。――誰よりも優しくて、嘘つきな君を。

 ――君に、出逢う日を、待ち望んでいる――

 僕は、足を止めた。
 幻を見ているのだろうか?
 行き交う人が、僕を怪訝そうに見る。

 ――この大勢の人の雑踏の中で、君だけが、鮮やかに光を放つ。

 「……久し振りだな」
 その強い双の瞳が、僕を真直ぐに見つめていた。
 ぶっきらぼうな物言いが、相変わらずだった。
 「何だよ、何か言えばいいだろ? 人の顔をずっと見ていないで」
 誰よりも嘘つきで優しい、天の邪鬼な君。その笑顔の行方も、涙の訳も、僕には分からなかった。
 「――どうして……?」
 長い沈黙の後、僕は、やっとの思いで訊いた。

 ――どうして、ここにいる?

 君はその問いかけに、眉をひそめる。
 「……お前に逢いに来た。ただ、それだけだ」
 とても苦しそうに、君は言うと、うつむいた。
 ふたりの間にあるぎこちない空気を、涼しげな風が吹き抜ける。
 それと同時に、君は僕の手に触れた。
 「ただ、逢いたかった。それだけじゃあ、ダメなのか? 約束なんか、もうなくなってしまったのか?」

 「約束……?」

 触れ合う指先が、その熱を伝える。
 冷たい僕を溶かしてゆく、その熱。
 「いつでも、ここで待つと……。逢いたくなったら、ここに来ればいいという、約束だ。――尤も、そんなものは、もう反古になっていてもおかしくはないのだがな」
 初めて、君に触れた気がした。――その、総てに。
 「……忘れて……た……」
 どうして、僕は今日、ここにいるのだろう。
 いつもは来ない、この場所に。無意識に来ていた自分に、気付いた。
 ただ、逢いたいと……、思っていただけだ。
 「すまない、まさかお前がそんな約束を憶えているとは、思わなかった」
 僕は、謝罪した。誰よりも愛しい君に。
 「……いや、構わない。ただ、逢いたかっただけだから。……逢って――、伝えたかっただけなんだ」
 君は指をつないだまま、目を上げた。
 そうして、以前と同じように、決して逸らされることのない視線を、僕に投げかけた。
 「お前を、愛してる。世界中の誰よりも、一番に愛してる。――こんなコトを言う資格なんか、私にはないけれど、どうしても、お前に言わなければいけないと思ってたんだ」
 ゆっくりと、君は僕の胸にもたれ掛かる。

 「もう、お前のまえでだけは、天の邪鬼はやめようと思ったんだ……」

 心に穿たれた穴が、塞がれてゆくのが分かる。
 ずっと、探していたものが、ようやく見つかった。――手に入れた。
 何もかもを忘れたふりして、いろんな恋をしたけれど。
 心を埋めてくれるものを、探していた。
 ――それが「君」だということを、何処かで、知っていたのに……。

 僕は君を抱き締める。
 もうニ度と、失わないように。
 微かに、君が身じろいだ。けれど、すぐに僕に身体を預けた。
 「――俺も、お前を愛している……」
 囁きにしかならない、その言葉。
 何度でも言えたら言うのに、声が出なかった。
 「大丈夫……。ちゃんと、聞こえている……」
 君の声が、震えている。
 天の邪鬼は止めても、強がりは手放さないようだ。
 目蓋に……、頬に……、唇に……。
 キスの雨を降らせよう。
 ――互いが、ここにいるという証に。

 ――いつでも きみがいた
 逢えなくなれば なるほど
 必ず きみがいた
 離れていればいるほど
 いつでも きみがいた
 ぼくだけを照らす星のように……

 ――そして再び、奇跡のような恋がはじまる。

 7月7日。
 星合の日に……。

“7月7日” song by STARDUST☆REVUE 2000.07.26 up



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